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一年経った。・・・と。熊本地震。

 就寝 23:30
 起床 07:00

春眠暁を覚えず。
去年も、そんな時期でした。

今日は、安倍総理も来熊。
追悼式にも参列されていました。

さて。
本震の二日後から、炊き出しを初めた「ひなみ塾」
結局10日間の塾での炊き出しをしたわけです。

写真は、4日目。

DSC09221.jpg

笑顔。
このくらいの年齢の子は、総じてこんなカンジでしたね。

DSC09246.jpg

勢い、大人も笑顔に。

DSC09244.jpg

一番心配になった年代は、小学校4~5年生でした。
なかなか家から出ようとしない子を保護者の方が、引っ張ってきてくださいました。
いつもは、ちゃんと一人でご飯が食べられるのに。
でも、帰りにはすっかり様子が変わっていましたよ。

DSC09238.jpg
そう帰りには、写真を拒否る元気も出ていました(^^;)
・・・後ろには、支援物資も見えます。
本当に助かりました。

感謝の気持ちは行動でお返しします。

近所の子供たち。
たくさんのイチゴの差し入れに大喜びでした。

DSC09211.jpg

結局、一年間で2回しか記事にしておらず。
残りの写真であと何回かアップし、記録します。

今日も、お読みいただき有難うございました。

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  ひなみ塾
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  「しごとの学校
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初詣と熊本地震記録②~長文。

 就寝 27:00
 起床 08:30

池波先生の本でのんびり夜更かし。
良い正月です。

さて・・・。
熊本地震記録①から3ヶ月以上経ってしまいました。
今後も、気が向かないとなかなか書けないかもしれません。

私が属するNPO法人は、「ひなみ塾」という私塾を営んでいます。
100人を超える子供達を抱えていますので、まずはその安否がとても心配でした。
スタッフ総出でmailを送り、返信をいただいては安堵。無事だったと伝え聞き安堵。

さっそく、2日目からは塾長
「ひなみ塾はオープンです。どなたでもいつでも顔を店に来てください。おいしいご飯を用意して待っています」
というメッセージに応え、余震が続く中、保護者様、塾生がぼちぼちと顔を見せてくれるようになりました。

大人の不安は、子供にも伝わりますし何より、怖い思いをしたのは大人も子供も同じです。
塾長に、今後のことを相談をされる保護者様。

DSC08859.jpg

ともかくおいしいご飯を食べよう!
と有る限りのものを使って「ごはん」を作ります。

DSC08946.jpg

ほら。
こうしてお手伝いをしてくれたり。
子供も「たのしい」し、何より子供の姿を見ると周りのみんなが元気になります。

DSC08876.jpg

ありがたいことに、訪れる際に「使ってください」と食材も一緒に持ってきてくださり。

急遽
ひなみ食堂「おやびん亭」と銘打ち、さらに情報を発信しました。

DSC09125.jpg

ご飯を食べ、不安を共有し、車中や避難所に帰られる方々を見送ります。

DSC09126.jpg

こんなに怖い顔・・・。

DSC08991.jpg

と思ったら、夜な夜な「将棋大会」です。

DSC08987.jpg

・・・・・・・・・・・・・・・

というわけで、2016年の熊本地震から2017年のお正月。

HINAMIは、塾もですが「映画」も撮っているので・・・。
最新作のロケ地の是法神社にて初詣。
ポスターも掲示してくださり、感謝。

毎年、ここに伺うことに決まりました。

DSC09362.jpg

破魔弓をもって「ひなみ塾」に行ってみたら、どりさんが1月7日に行われる「千年映画祭」でプレミア上映される長編映画の編集の仕上げ中。
文字通り、元旦返上。

DSC09364.jpg

というお正月でした。

・・・・・・・・おまけ・・・・・・・・・

☆ FBで、やや炎上した塾長メッセージ↓

今のこの状況はたしかにいくらかの困難があるけれども、それを「悲惨」と呼ぶのは単なる主観にすぎません。
いい勉強の機会であり、隣人との絆を深める機会であり、生きていることにあらためて感謝する機会であり、人間はどのような状況であっても楽しむだけの強靭さを備えていることを思い出す機会です。
少なくとも、ボクはそう信じています。

☆ 落ち着いた、5月初めの塾長から塾生へ向けてのメッセージ

はじめに、このたびの地震に被災された全ての方々に対し、心よりお見舞い申し上げます。

4月26日火曜日より、ひなみ塾は通常通りの授業を再開いたしました。塾生全員に「今回の地震で一番勉強になったこと」を板書してもらいましたが、その多くは「日常のありがたさ」「準備の不足」「助け合うことの大切さ」の3つについてでした。

「ひなみ」とは「日常」を意味する言葉であること。

ひなみ塾はいわゆる進学塾ではなく、「生きる力」を身につけ、大人になる準備をする私塾であること。

ひなみ塾のクラス内で行うアクティビティの多くがチームワーク、すなわち助け合いの精神とスキルを身につけることを目的としていること。(クラス再開にあたって小学生クラスで行った避難訓練では、ビルの2階にある教室から隣接する空き地に避難するまでの所要時間が最短で28秒でした。リハーサルなしでこれほど速やかに集団行動をとることができたのは今までの学びの賜物です)

これら全てを、全ての塾生とスタッフが頭で理解するのみならず体で実感することができたと、そしてそれゆえに今後は更に実り豊かな学びの時間を分かち合えると、信じます。
皆さんとともに、今まで通りに学べることに感謝しつつ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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熊本地震の記録② 前震。そして本震。長いです。

 就寝 00:25
 起床 06:45

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5月に一度アップしたのですが。
熊本地震から半年、撮った写真の整理も兼ねて、残しておきます。

まずは、前震(今になればですが)
4月14日(木)21:28
ひなみ塾の講座中でした。
揺れ出したかと思うと、電気が明滅。
その場に座り込みました。
代表の「大丈夫、大丈夫」と言う声に
「どこがやねん」と心の中でつぶやいていました。

が、揺れが収まると特に何も変わりなく・・・。
スグに、家に電話をすると母も無事。
その後、3人の子供たちとも連絡が取れ、1時間ほど待機しいつもの通り車で帰宅しました。
ビルの外に出ると、隣の中華料理店から、ものすごいアルコールの匂いが。きっと全部割れちゃったんでしょう。
嗚呼。
お隣は熊本では割と有名なお店、10月に入りやっと再開するための工事が始まりました。

家に戻ってみると、棚の上の軽いものがいくつか落ちた程度。
食器類も無事。
そんなものかなあと。

そして、本震。
16日(日)01:25~前震から28時間後。
いきなり突き上げるような揺れ。
もちろん寝ていたので、がばと起き上がりましたが、とても動けません。
用心で棚の上の「これ落ちたら危ない」と言うものは床に置いていたので、私の部屋は特に何もなく。

揺れがおさまったので、枕もとに置いていたマグライトを点け、母に声をかけ無事を確認。
玄関のシューズボックスが倒れていたり、
冷蔵庫の扉が開いて中のものが床に散乱していたり、
食器がえらいこと遠くまで飛んでいるのを見て、
「大きな余震が来る前に避難しなきゃ」と思いました。

そこで、玄関に戻りスニーカーを履き、母の靴をもって母の部屋に。
ともかく、母が通るところは滑らないようにとバスタオルでざーっと割れ物を押しのけました。
→と言っても、よく覚えていません。

母は、用意していたリュックを背負ってベッドの縁に座ってスタンバイ。
靴を履かせ、玄関へ急ぎました。
そのころには、外からお隣の方の声も。
倒れかかった靴箱は通常では一人では動かせないのですが、えいや~っと。
火事場の何とかっていうのは、ホントなんだなと思った次第です。

私は、お財布と携帯程度で外に。
住まいは築30年近くになる団地。
うちの階段はお年寄りが多いのですが、どこもドアが開いており、ご無事の様子。
駐車場には、沢山の方がいらっしゃいました。
団地に残る人はいないように感じました(本当はどうだったか・・・)
ともかく、私たちも車を置いて近くの中学校に急ぎました。
沢山の方が列を作って同じところに向かいました。
大きな道に出ると、車も走っていました。

途中、周りに倒れてくるものがないか確認し、3月に圧迫骨折を患った母を2度ほど休ませ、中学校のグランドに。
暗闇の中、たくさんの方が集まっていました。
が、何しろ寒い。
余震があるため、体育館にも入れず、母が「寒い」「家に帰る」と言うので、
ここに居るより、車中が良いかもと思い、引き返すことに。
今思えば、この判断、合っていました。

さて、帰宅途中、母が歩けなくなりました。
ちょうど、ある宗教の施設があったのでそこの方に「車を取ってきます。母を見ていてくださいますか」とお願いし、
一人で車を取りに行きました。
わりと小さな道を通ったのですが、塀が崩れており車では通れなくなっていました。

車を取って、母を迎えに行きました。
すごく優しくしてもらったみたいで、母もにこにこしていました。
本当に有難いです。
○○教団?教会?のみなさま、ありがとうございます。

その間に、子供たち、スタッフのみんなの無事を確認。
一人だけ、連絡が取れないスタッフもいましたが翌日無事を確認できました。

そうだ。連絡が取れない人がもう一人いた。
うちの代表です。
携帯持ってないし。電話でないし。

まあ、仕方ない。

団地の駐車場に戻って車の中にいたのですが、寒い寒い。
一旦、毛布を取りに我が家に。
ラジオの情報を聞きながら、夜が明けるのを待ちました。

朝。6:00頃、家に戻ったら結構な惨状。
が、我が団地、そして我が家は本当に良い方でした。

これから、どうしようかと考えているとき、階段を上ってくる下駄の音が。
スグに代表とわかりました。
ネットも電気も電話もつながらないので、来るのが早いと思って自転車でやって来たみたいです。

無事で何より。
スタッフの無事に安堵し、いくつかの指示を出した後「ひなみ塾に行く」と去っていきました。

私もお隣に母を預け、ひなみ塾に。
その時の写真です↓

DSC08706.jpg

ここも、マシなほう。
そして、結局この日から10日ほど私と、お向かいのご夫婦は、ひなみ塾に避難することになったのです。

夜は、こんな感じ。
DSC08711.jpg

dynamicな寝姿の代表。

DSC08703.jpg

地震には縁がない沖縄出身のどり。
寝ている間に、バナナを置いたのは母。
「お疲れさまです」の気持ちだそうです。

結局、どりちゃんは、3日目だったか、沖縄のおじいちゃんから「帰ってきてくれ」と懇願されたため
一旦沖縄に帰ったのでした。
それはそうですよね。

DSC08728.jpg

ここから始まる避難生活の諸々。
ぼちぼち綴ってまいります。


地震記録①

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