熊本地震の記録② 前震。そして本震。長いです。

 就寝 00:25
 起床 06:45

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5月に一度アップしたのですが。
熊本地震から半年、撮った写真の整理も兼ねて、残しておきます。

まずは、前震(今になればですが)
4月14日(木)21:28
ひなみ塾の講座中でした。
揺れ出したかと思うと、電気が明滅。
その場に座り込みました。
代表の「大丈夫、大丈夫」と言う声に
「どこがやねん」と心の中でつぶやいていました。

が、揺れが収まると特に何も変わりなく・・・。
スグに、家に電話をすると母も無事。
その後、3人の子供たちとも連絡が取れ、1時間ほど待機しいつもの通り車で帰宅しました。
ビルの外に出ると、隣の中華料理店から、ものすごいアルコールの匂いが。きっと全部割れちゃったんでしょう。
嗚呼。
お隣は熊本では割と有名なお店、10月に入りやっと再開するための工事が始まりました。

家に戻ってみると、棚の上の軽いものがいくつか落ちた程度。
食器類も無事。
そんなものかなあと。

そして、本震。
16日(日)01:25~前震から28時間後。
いきなり突き上げるような揺れ。
もちろん寝ていたので、がばと起き上がりましたが、とても動けません。
用心で棚の上の「これ落ちたら危ない」と言うものは床に置いていたので、私の部屋は特に何もなく。

揺れがおさまったので、枕もとに置いていたマグライトを点け、母に声をかけ無事を確認。
玄関のシューズボックスが倒れていたり、
冷蔵庫の扉が開いて中のものが床に散乱していたり、
食器がえらいこと遠くまで飛んでいるのを見て、
「大きな余震が来る前に避難しなきゃ」と思いました。

そこで、玄関に戻りスニーカーを履き、母の靴をもって母の部屋に。
ともかく、母が通るところは滑らないようにとバスタオルでざーっと割れ物を押しのけました。
→と言っても、よく覚えていません。

母は、用意していたリュックを背負ってベッドの縁に座ってスタンバイ。
靴を履かせ、玄関へ急ぎました。
そのころには、外からお隣の方の声も。
倒れかかった靴箱は通常では一人では動かせないのですが、えいや~っと。
火事場の何とかっていうのは、ホントなんだなと思った次第です。

私は、お財布と携帯程度で外に。
住まいは築30年近くになる団地。
うちの階段はお年寄りが多いのですが、どこもドアが開いており、ご無事の様子。
駐車場には、沢山の方がいらっしゃいました。
団地に残る人はいないように感じました(本当はどうだったか・・・)
ともかく、私たちも車を置いて近くの中学校に急ぎました。
沢山の方が列を作って同じところに向かいました。
大きな道に出ると、車も走っていました。

途中、周りに倒れてくるものがないか確認し、3月に圧迫骨折を患った母を2度ほど休ませ、中学校のグランドに。
暗闇の中、たくさんの方が集まっていました。
が、何しろ寒い。
余震があるため、体育館にも入れず、母が「寒い」「家に帰る」と言うので、
ここに居るより、車中が良いかもと思い、引き返すことに。
今思えば、この判断、合っていました。

さて、帰宅途中、母が歩けなくなりました。
ちょうど、ある宗教の施設があったのでそこの方に「車を取ってきます。母を見ていてくださいますか」とお願いし、
一人で車を取りに行きました。
わりと小さな道を通ったのですが、塀が崩れており車では通れなくなっていました。

車を取って、母を迎えに行きました。
すごく優しくしてもらったみたいで、母もにこにこしていました。
本当に有難いです。
○○教団?教会?のみなさま、ありがとうございます。

その間に、子供たち、スタッフのみんなの無事を確認。
一人だけ、連絡が取れないスタッフもいましたが翌日無事を確認できました。

そうだ。連絡が取れない人がもう一人いた。
うちの代表です。
携帯持ってないし。電話でないし。

まあ、仕方ない。

団地の駐車場に戻って車の中にいたのですが、寒い寒い。
一旦、毛布を取りに我が家に。
ラジオの情報を聞きながら、夜が明けるのを待ちました。

朝。6:00頃、家に戻ったら結構な惨状。
が、我が団地、そして我が家は本当に良い方でした。

これから、どうしようかと考えているとき、階段を上ってくる下駄の音が。
スグに代表とわかりました。
ネットも電気も電話もつながらないので、来るのが早いと思って自転車でやって来たみたいです。

無事で何より。
スタッフの無事に安堵し、いくつかの指示を出した後「ひなみ塾に行く」と去っていきました。

私もお隣に母を預け、ひなみ塾に。
その時の写真です↓

DSC08706.jpg

ここも、マシなほう。
そして、結局この日から10日ほど私と、お向かいのご夫婦は、ひなみ塾に避難することになったのです。

夜は、こんな感じ。
DSC08711.jpg

dynamicな寝姿の代表。

DSC08703.jpg

地震には縁がない沖縄出身のどり。
寝ている間に、バナナを置いたのは母。
「お疲れさまです」の気持ちだそうです。

結局、どりちゃんは、3日目だったか、沖縄のおじいちゃんから「帰ってきてくれ」と懇願されたため
一旦沖縄に帰ったのでした。
それはそうですよね。

DSC08728.jpg

ここから始まる避難生活の諸々。
ぼちぼち綴ってまいります。


地震記録①

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